2018/02/13

バブル破綻の兆候よりサギ?

2月13日の朝日新聞の1面に載っていた。


先日の「バブル破綻の兆候」で書いた、構図とそっくり。


とんでもない「事件」!この手の事件がこれから出てくるんだろうなぁと。


2018/02/04

バブル破綻の兆候

上記写真は、左側が道路でそれに接する40坪の空き地である。コンクリトートの木枠が残されたまま荒地となっている。

この土地は私の家の近くで、近くに住む区民の方から直接聞いた実話。

この土地には以前、平屋で数人の家族で住んでいたという。それが事情で売却となり、更地となって、或る個人が購入。不思議なことに登記を調べると、東海地方の地方銀行が土地購入額の数倍の担保設定で融資していた。

実は、土地購入者と地方銀行との間に、アパート建設業者みたいなのが入っていて、実際、このアパート業者が全体のビジネスプランを考えていた。

なんと、数人の一家が住んでいた土地に14の居室からなる木造2階の建物を作り、一室5万前後で貸すというプランという。

当然、近隣の住民はゴミ出しや自転車等の問題等々と心配は広がったが。

地方銀行は、現物も見ずに5万×14室で月70万、年840万の家賃収入と見たのだろうか?これなら貸せる!とでも確信したのだろうか。

近隣の状況から比べれば、このプランの居室はタコ部屋同然、しかも最寄り駅が格段に近いということでもない。この家賃で借りる人はいないと考えるのがフツー。

実は、このアパート業者の管理するアパートは都内にいくつかあって、見たところ全室埋まっている所はなく、むしろほとんど空室の方が多かったのが実態。

さて、当該の土地の売買があったのが2年前。1年前から工事が始まり、建築か?と近隣が思った矢先、工事が中途半端なところで止まった。

工事現場を撤退する業者に聞いたところ、(アパート業者が)カネを入れてくれない、とのこと。以来、基礎部分にコンクリを流しただけで表の鉄筋は錆びつき、約1年ほどたったころ、つまり最近になって、破産整理の不動産会社の人が現れて、購入者は破産し、お金を融資していた地方銀行も融資額の半額での土地売却を決めましたとのこと。

以上、個人情報も含まれるので漠然と記してみましたが、このような形での投資話が進んでいたことに驚き。

というのも、地方銀行と言っても、その地方では名門と呼ばれている銀行だそうで、こんな無謀なビジネスモデルで過剰融資をしているとは信じられないのだが・・・事実。

この土地はまだ売れてはいないので、地方銀行にとっては、いわゆる不良債権である。

需要がないところに、大量の貸室を作って大赤字。バブルの崩壊の一端である。都内には投資物件として買われているマンションもあるという。

この地方銀行の不良債権はこれだけなのだろうか。かつて過剰融資に走った、その名も都市銀行と呼ばれた銀行は13行もあった。今はいくつだろうか。いずれも不良債権整理でつまづいていったはずである。

バブル破綻の兆候は身近なところにあった。

財政危機につながるバブル崩壊


2月2日の毎日新聞夕刊によると、現在の景気では、3つのバブルが発生中とのこと。

一つは株式バブル。二つ目は仮想コインにみられるようなマネーゲーム化している個々の対象物。そして三つ目は限定された地域だけの不動産バブル。

上がるから買う、買うから上がるというループに陥っているのが上記の3つの経済現場。すでに仮想コインはバブルがはじけ始めている。

そもそもこれらの推進力となっているのが、日銀の緩和策と公的年金資金の投入。結果大量の資金が株式市場に流れ、さらに不動産投資信託にも流れているという。

本来、需要がないところに、日銀がお金を出しまくり、資金運用先に困った会社や個人が、単に上がるからという理由だけで事実上の投機に手を染めてしまっている、といったところか。

不動産も、ブランドのある地域や駅から5分以内という物件はバブルの対象になっているらしいが、それ以外の地ではバブルの波は及んでいない。

そもそもマイナス金利では、銀行はどうやって存在できるのだろうか。

記事では今回のバブルは限定的にお金が集まっているところだけだから、まともな民間企業は内部留保を十分に備えているので、大半の国民は好景気の実感がないのと同様に、バブルがはじけても、その被害はないだろう、しょせん富裕層の出来事のように書いているが、そうだろうか。

まあ、まともな民間企業が仮想通貨にそんなに深く突っ込んでいるとは思えないが、株式や不動産にはどうだろうか。結構内部留保をつぎ込んでいる可能性もある。

さらに根っこのところで国民の公的年金を使っているのだ。その巨大さ故、売ることは相場全体へ多大な影響を及ぼす。不動産ファンドも同じ。しかし売らなければ“換金”できない。ジレンマのバブルだ。バブルの究極は誰が先に売るか、である。

経済の歴史は富裕層の起こしたバブル崩壊が富裕層だけにとどまらないことを教えている。

私たちにできることは、富裕層のバブル周辺を指して経済は順調と叫ぶ日本のトップ(政府)をどこまで信用するかだ。交代するトップがいないのが日本の危機なのだが。

2018/01/31

都合の良い好景気

今週の新聞はあちこちで、「バブル期並み完全雇用」「失業率、23年ぶり2%台」「雇用改善、求人倍率44年ぶり高さ」などの見出しを踊らせているが、本当だろうか。

これは先にもあげた、「アベノミクスによろしく」でも指摘されていたことだが、一つの事実を、あたかも全体であるかのように伝える、昔の大本営発表と同じである。

それもあってか、各紙、“本当の”解説を行なっている。


雇用改善といっても、あまりにも偏りがある。総務省の発表では、職業別の有効求人倍率は、警備員や交通誘導員などの「保安」が 3.52倍から7.23倍に、飲食店などの「接客・給仕」は、2.11倍から3.85倍に上昇。

一方で、「一般事務」は、0.18倍から0.35倍に、「営業・販売関連事務」は、0.64倍から0.89倍に上昇したものの、1を切っている状態で、仕事が足りない状況。

そういえば、アニメ「サザエさん」の提供が東芝からアマゾンに変わるとか、あのNECが今後3千人のリストラ、昨年のニュースでは、メガバンクのみずほが1万9千人減、100店減(今後10年間かけてらしいが)という状況だ。

銀行が縮小するということは従来の資本主義が機能しなくなることを暗示しているのだろう。最近は仮想通貨なるものもある。自治体運営・行革は非常に難しいところに来ている。




2018/01/30

言葉だけの政治



さて、公開されたデータをもとに現在の経済状況を説明してみた本、「アベノミクスによろしく」によれば、景気が良いというのは、円安と株高と人手不足を、政策的ななトリックまぶして錯覚させられているらしい、結果多くの国民に実感が行き渡らない。

根本的には「需要がない」、ことに尽きる。らしい。



真山仁氏の「オペレーションZ」も借金大国ニッポンの財政破綻を描いていが、社会的弱者すなわち、どんな悲惨さが起きるのかという視点から、もっと書いて欲しかった。

例えば、国民健康保険は、1960年代に日本で整備されたというが、当初は同一疾病の給付期間は3年という限度があり、それを越えると保険給付は打ち切られた【島崎謙治著「医療政策を問い直す」より】という。

結局、昔にもどるとなると福祉に優先順位をつけろ、ということにつながる。財政破綻とは福祉の崩壊を意味する。

それにしても、昨年からの国政における野党の失態は、ある意味国民から政治への信頼をめちゃめちゃにし続けている。

一方で、与党は(たった一人かも知れないが?)憲法改正だと叫んでいる。そもそも勝手に解釈改憲できるのなら、憲法改正手続きなど必要無いのでは。

政治の言葉が軽い。人ごとではもちろんない。

2017/12/08

山田真貴子氏の世田谷区政


久しぶりに山田真貴子氏の記事があった。かつて世田谷区の助役(副区長)を務めた。記事では「向こう見ずは天才であり、力である」という言葉を紹介している。また世田谷区在職時代の苦労話を披露している。現在は総務省の局長。すでに首相秘書官という経歴もあるもしかしたら、運命の歯車というものが、ひとつでも違っていたら世田谷区長だったかも・・・というのもすでに思い出にすぎないのかも知れない。それにつけても

「せたがやYES!」この言葉に区民と区長は未来を託した なんて宣う区長には、ほとほと困っている。「せたがやYES!」って何?M1グランプリ?結局、2期8年たっても首都直下対応の実施設計図もできない有様であり、相変わらず好き嫌い行政でムラが多く、任期途中で副区長がいなくなってしまうほどの庁内の混乱ぶり。迷惑が区民にかからないように議会質疑でラッパを吹くのも日常化してしまった。人間、良質なものを知ってしまうと、雑なものには耐えられないのかも知れない。上書の分析は以下にありますので、
http://seisakukaigi.blogspot.jp/2016/08/67.html

2017/10/23

訳のわからない選挙だったけど

毎日の夕刊で、映画監督の森達也氏の言。

「立憲民主党が新たに開拓した票ではなく、これまで社民党、共産党に投じていた票であればトータルとして『リベラル』の数は減る。結果として、個より国権を優先する安倍政権が追認されます。決して喜べる状況ではない」

2017/09/28

「安倍首相の弱さの表れ」という記事

すでに米紙では衆院選の予測記事が出ている。毎日の夕刊に「安倍首相の弱さの表れ」と題し、英国の首相が圧勝をもくろんで打って出た解散総選挙で、過半数割れを喫し求心力の低下をもたらした例を引いている。

つまり、野党の混乱に乗じ、解散の大義も示さず、自己都合で衆院選に突っ込んでもろくなことにはならない、と言っている。

相撲で言えば、横綱が「猫騙し」をやるようなもので、仮に勝っても「決まり手」にはならないから、有権者からすれば、何の選挙だったか消化不良。

一方で、勝負巧者の小池都知事は、安倍首相の「野党の混乱」に乗じて打った解散で急加速した「野党の大混乱」にさらに乗じて、数日で政治局面を変えてしまった。

民進党からすれば、住んでいる家を売らされてしまい、その挙句、出来てもいない家を買わされた感じだろうし、付け加えれば共産党はシェアハウス完成直前で共同生活者が行方不明。

小池氏、「政党渡り鳥」と言われるが、それだけ、しがらみを断ち切ってきた証左とも言える。

知事公務次々キャンセルと非難されているが、もはや都政も「しがらみ」と感じているかもしれない。

小池氏にとっての「現在のしがらみ」が何かによって選挙の帰趨は変わる。

2017/09/27

新庁舎問題解決へ

●ようやく、本庁舎等設計者が固まった。株式会社佐藤総合計画。

●今回、決まったのは、「世田谷区本庁舎等整備基本設計業務委託」先であり、公募型プロポーザルで審査が行われた。

●新庁舎の粗いイメージは上掲の通りで、区民会館は外貌を残し、新装ということらしい。

●議会報告では特に異論も出ず、ある意味、区長と議会との合意点に達したということだろう。

●竣工は感じとしては8年後くらい?何せ整備基本設計業務の委託で、その先に、基本設計(18ヶ月)、実施設計(12ヶ月)があり、そして着工。工期4年11ヶ月。ということで、まだ先は長い。とにかくオリンピックが終わってから、ということ。

2017/09/25

9月22日の一般質問原稿

2017年9月22日 一般質問 草稿   大庭正明

質問通告にある通り、「大規模災害時における遺体の埋火葬」について伺って参りたいと思います。

ここで大規模災害と云うのは、悲しいことですが、一時期に、多数の死者が発生する、極限状態を指します。

以下は、今から11年前に発表された当時の京都大学防災研究所の河田恵昭(かわだよしあき)教授らのチームが書いた「大規模災害時における遺体の処置・埋火葬に関する研究」という論文から引いたものですが

それによるとこう書かれております「数万人規模の死者の発生が想定されていながら、死者への対応についてはあまり検討されていない。・・・国や地方公共団体は防災対策強化に向けての取り組みを行っているが、そのほとんどは災害時にいかに犠牲者を軽減できるかということに力を注ぎ、犠牲となった死者への対応に関する議論は防災行政において禁断の領域となっている。」

「本論文であえて「遺体の処置・埋火葬」という領域に注目したのは、遺体の処置・埋火葬計画を立案することは復旧プロセスを円滑に進めることにつながると考えるからである」

私は、この論文を読み、虚を衝かれた思いがしました。

私たちは、NHKの番組などで、首都直下のシミュレーション画像を見て、建物が崩壊したり、電車が脱線したりと、大きな被害状況を目のあたりにしますが、その延長線上に多くの犠牲者が発生していることを、ともすると、見落としがちです。

ちなみに先の論文はすでに述べましたが2006年に出されたもので、2011年の東日本大震災の5年前です。

最新の首都直下地震での被害想定は東京都で約1万人、世田谷区の地域防災計画では死者数最大で655人と想定されています。

私たちはこの655人という死者数を地域防災計画の中でどう取り扱っているのか、ここなんです。

もちろん想定ですから、自然災害ですから、ケタ違いの差はあるでしょう。時間帯、風向き、震源からの距離等々で655人が65人に、あるいは逆に6千人にもなるかも知れません。

しかし、そんなことを言っていては、何も始まりませんので、とにかく、この世田谷区の地域防災計画に掲げられている655人という計画上の数字に対して、どのような対策がとられているのか、すでに遺体と想定されている655人の適切な管理と埋火葬はどう計画されているのか伺ってみたいと思っていました。

さて世田谷区民は、ここ5年間を通しても1年間に6500人前後の方々がお亡くなりになっています。

このことから考えれば、一ヶ月分以上の遺体の管理を世田谷区が大混乱の中で負うことになります。

おそらく通常なら、区役所の仕事としては、死亡届の受理、火葬許可証の発行等の事務がメインで、込み入ったことは葬儀屋さんがやっていると思われます。

それに比べて、大災害時においては遺体の管理方法は非常に複雑になります。

実質、災害時の遺体管理が始まるのは、遺体収容所が設営されてからとなります。

ではその遺体収容所の場所は?、と言えば、区内の13の地区会館になります。

ちなみに、計画では1つの地区会館の収容遺体数は平均すれば50体となります。もちろん平均などありえず被害度合いの激しい地域からどんどん埋まって行く感じでしょう。

遺体収容所では、検視・検案という警察と医療チェックが行われる場所とまた身元不明遺体、或いは遺体引き渡し所の部分に仕切られ、プライバシーの配慮が求められる施設となります。

例えば、私が不運にもガレキの下から遺体として発見されたとします。たぶん72時間は生存者の救助、救援が優先されるはずですから、そのまま放置されるかも知れません。

というより、遺体収容所が開設されないと、私は運ばれません。自宅から一番近い地区会館は上祖師谷地区会館となります。

遺体の搬送は災害対策土木部が行うことになります。私は土木部の皆さんのお世話になることになります。

私の人生の末路は、極めて明らかです。首都直下地震の犠牲者の655人の一人としてあるのです。

これ、仮の話ですよ。

実際、この問題、自分が遺体になった立場で考えると、非常にわかりやすいし、これまでの防災計画は先に述べた論文の一節ではありませんが、自分は遺体にはならないという根拠のない前提で書かれているから、どうも読んでいても実効性が疑わしいのです。

では、遺体収容所はどうやって開設されるのでしょうか、地域防災計画では、「災害発生後速やかに遺体収容所・設置・準備を実施、」とありますが、それは救援救助優先の72時間の前なのか、あとなのか、全く不明であり、そもそも情報収集の手順も不明です。さらには、そもそも地区会館が遺体収容所になることを区民は知っているでしょうか。

仮に、上祖師谷地区会館に遺体収容所が開設されても烏山方面からは、皆さんご存知のように榎の交差点から成城、祖師谷方面は極めて道が狭く交通の難所であります。つまり、遺体の搬送はクルマで行えない可能性もあります。

では、車で行ける他の地区会館には行けるのか、これも不明というか、決められていません。ここで申し上げているのは、なったらなった時さ、ではなく具体的に死者が655人という想定で計画が作られているのなら、その655人の遺体はどうなるのか、ということがキッチリ書き込まれていてこそ地域防災計画のはずです。

計画では、災害対策土木部が道路の通行確保も兼ねて、遺体の搬送を担うことになっていますが、これは遺族等による搬送が困難な場合ということで、道路さえつながれば、自家用車で遺体を運ぶこともできます。

しかし、さきほども申し上げた通り、上祖師谷地区会館の道路事情を考えれば、私は災害対策土木部が持ってきた遺体袋に包まれて、途中からおそらく担架で通行困難地を経て上祖師谷地区会館に運ばれる、ことになるようです。

一つの地区会館に、時間のずれはあるにせよ、道路が開通すれば、何十台のクルマと遺族が集まります。この災害において一番悲嘆の度合いの高い人々のはずです。

私にしても、遺体である私を家族が上祖師谷地区会館にうまく運べても、それだけで、じゃあね、と帰る可能性は無いとは言えませんが、いろいろな手続きが遺族にはあります。ましてや、そこから離れられない家族も大勢集まる可能性もあります。これだけでも課題が多く残された計画であることがわかります。

実はこの段階では、私は事務手続き上は、生きているのです。災害死の場合、警察等による検視・検案を経なければ死亡届けは作成されても、遺体収容所では受理されないのです。

しかし、東京都が作成している、マニュアルでは遺体収容所において受理することになっています。

区では、総合支所で受理するとなっており、バラバラです。このことだけでも、明日、首都直下が起きたら、混乱必至です。

ことほど左様に、所管に一つ一つ尋ねても、その都度、東京都に聞き返さなければならない状況が実態であり、それは所管の問題というより、東京都の防災計画がまさに未熟であることが最大の原因のようです。

しかしこの問題は、残された、或いは生かされた多数の遺族の未来に重大な影響を及ぼす問題です。

実は、この先、私の遺体はどこで火葬されるのか、火葬許可証までは出るのですが、そう簡単に火葬はされない状況があるのですが、その問題は時間の関係で、決算委員会で、やれたらやります。


とにかく、この問題、一回の一般質問で回答が揃うレベルではないので、今後続けてやりますが、大規模災害時の多数の遺体管理については、リアリティーが感じられないのが現状だと申し上げて、壇上からの質問をおわります。

2017/09/13

「平手打ち」と「手打ち」

ジャズコンサートの件について、新聞はどのように伝えていたか?可能な限りでまとめてみた。



朝日新聞は「男子中学生の髪をつかみ、顔に往復ビンタを加えていたことがわかった」と伝えている

東京新聞は「男子生徒の髪をつかんだ上、顔のあたりを平手で打つようなしぐさをした。」とちょっと引き気味。
日経新聞では「男子中学生の髪をつかんで顔をたたくなどしていた。」と報じ、「たたいた」としている。
日経新聞はその後、「男子中学生の髪をつかんで往復ビンタをした」と「顔をたたく」から「往復ビンタ」と表現を強めている(感じ?)
朝日新聞は「往復ビンタ」から「平手打ち」に変更している。なぜか?
区長は「平手打ちの動作は確かにしたが、中学生はよけた」と述べている(しかし片方は当たっている!往復ではないが、往路、復路のどちらかは当たっていたということ!)

因みに、保坂区長の「平手打ちの動作は確かにしたが」という「認識のあり方」について、保坂氏を古くから知る人たちから疑問の声が一部で上がっているという。

保坂展人氏の社会的活動の原点は以下の裁判に始まる。自著でも何度もこの件は触れている。

この今から35年前の記事では「学校の中で教師が何をやってもいいというなら、生徒は校内暴力や非行に走るしかない。こんなことでいいのですか」と絶叫調で述べている。
1982年(昭和57年)5月19日読売新聞

2017/09/06

愛読書



2017/09/01

面前暴力

●子どもの前で、暴力を伴う夫婦喧嘩をすれば、それは立派な児童虐待となる。(2004年の児童虐待防止法改正で心理的虐待にあたると明記!)

●もちろん、子どもに隠れて、やればいいというものではない。家庭内暴力もダメである。

●こういった“包囲網”が、相談相手がいない、私が我慢しなければいけないの、という、いわゆる孤立した子育て中の親(父母を問わず)を苦しめていることは事実である。であるのでその方面の対策というのも少しづつではあるが行政はやっている。(待機児童でさえ不十分なのでそんなに強いことは言えないが・・・)

●どんな形でも暴力は暴力である。暴力は野獣であり、人類の敵である。強いて言えば、現在の日本の置かれている状況はすさまじい暴力にさらされている(面前ミサイル!)。じゃ、日本も暴力で、ということに傾いたら世界は終わりである。

●著名なトランペッター氏はおそらく、児童虐待防止法の改正など知らなかったかもしれない。それは決して落ち度というものではない。その人なりの成功人生があり、自分の人生観を培い、堂々と生き、社会に多大な貢献をした人であることは間違いない。そういう人生観の持ち主に、今時の指導の範囲で暴力はNG!ましてや面前での暴力など大変な“災害”ですらある!と情報提供するのは、実はオトナの仕事であり、教育委員会の仕事である。(教育委員会主催なのだから)

●一方で当該中学生が悪い、という議論からは何も見えてこない。当該中学生の行動が悪くないのに、意味不明でトランペッター氏が暴力を振るったのであれば、警察発表によくある「誰でもよかった」事件である。即事件である。

●さらに言えば未成年だから中学生だから問題を起こすのであり、指導が必要だから義務教育が設定されているのである。

●トランペッター氏の指導が指導の範囲を超えていた(区側は「行き過ぎた指導」と表現)部分に暴力が含まれていたことの是非である。もちろんダメである。そのことを偉大なる人生の達人氏であろうとも、理解していただくのが大人側の仕事である。つまり区長なり教育委員会の仕事。それをしていなかったツケが今回現れたということであろう。

●私たちは、ともすれば勧善懲悪型の二項対立の思考に陥りがちである。(マスコミはそこに誘導しがちである、わかりやすいイコール視聴率が取れる)

●よって当該中学生に非があり、トランペッター氏が正しい。という図式が刷り込まれる。

●しかし対立は一転し、中学生もトランペッター氏も互いに非を認め、アレは“愛情ある暴力”だったんだ、でメデタシ、メデタシということで、騒ぐのはおかしいんじゃないの。というのは、役人のいつもの考える収拾シナリオ。

●被害者も加害者も、すでにノーサイドなんだから。つまり勧善懲悪のスタイルそのものが溶解したのだから。もう、今回のことは水に流そう・・・って。いかにも役人の責任回避の見せ方である。

●その手は桑名の焼き蛤。違います。“愛情ある暴力”なら許される、ということを社会的に公認していいのか?少なくともそんな風潮を認めていいのか?ということこそが、今回の最大の問題点。そしてそれを提起したのが教育長である。

●最大の問題は、面前DVでさえ、否定されているのに、世田谷区の教育長が世田谷区の中学の生徒に対して暴力を振るわれているその場で、終了時に万雷の拍手と笑顔で看過したことである。

2017/08/30

首都直下地震は必ずやってくる、それも1回だけじゃない

●8月18日の読売新聞に読売テクノ・フォーラムの紹介があった。「大地震・大噴火は必ず起こる」ということである。

●なかでも「1923年の関東大震災後、M7級の地震は東京23区では起きていない」という記述は刺激的だ。

●下は2012年4月に発表された都内の火災予想図。
●よくわからないので、拡大してみると、以下のようになる。これは以前にも書いたが、区内の延焼ベルトの一つに千歳烏山から祖師ケ谷大蔵につながる地域が示されている。

●首都直下地震の被害は、火災によって最大化される。この地域は(私もかつて住んでいたことがあるが)、祖師谷通りの東西は道路としては消火活動には困難という感じが否めない。

●8月30日の朝日にも(上掲)載っている。下は世田谷区の地域防災計画での被害想定。
●東京湾北部M7.3 冬朝5時で死者440人、冬昼12時277人、冬夕18時655人ということになっている。風速8メートル。

●もちろん、想定は想定に過ぎない。ミサイルがどこに落ちるか、避難しろ、と云ってもどこに?と思うことと同じようだが、それはちょっと違う。

●地域防災計画を少しリアルに考えてみたい。

2017/08/16

福祉保健委員会視察2

浜松での障がい者雇用で実績をあげる、京丸園株式会社の話のつづき。

会社は芽ネギ、チンゲンサイ、ミツバなどを栽培している農業生産法人で従業員の3割超が障がい者スタッフとして働いている。

言われてみれば、実にそうなのだが、会社は労働力のみに注目していることが成功のカギのように思えた。

ともすれば、障がい者に対して、人生すべての配慮を用意しなければと考える方向性に対して、会社はそれまでの経験から、かなり割り切っている。

これは個人的な受け止め方かも知れないが、会社は障がい者の労働環境に限って、配慮というよりも創意工夫の努力で生産性を向上させているように見えた。(別の言い方をすれば障がい者にとって働きやすい環境整備。)

裏返せば、障がい者が抱える生活上の悩みや相談事は、行政に受け持ってもらう、という考え方である。

つまり、農業のプロと福祉のプロが良い意味で分担しているということである。

実は、会社が障がい者を受け入れた初期、何としても頑張ってもらおうとする従業員の善意がリミッターを超えて、農業のプロの範囲から福祉の領域まで及び、行き詰まった経験があったという。そこで餅は餅屋ということで福祉は行政にまかせるという割り切りに転じたそうである。

いわゆる、行政が民間にお願いして、という方向ではなく、民間が行政を活用するという、当たり前の転換である。

さらに、最も重要なことは会社が儲かっているということ。この会社はブランド化された農産品を有している。強みである。

大量生産そして大量消費という時代(分野)にあっては大型投資(機械化)が生産効率を上げる手段であったかも知れないが、面白いものを、貴重なものを消費する時代にあっては、労働集約型の縛りから出るのは難しいだろう。

とすれば、安易な機械導入ができない会社は数は多いだろうし、使える労働力の研究はもっとできると思う。

もちろん、世田谷で農業ということで話を聞いていたわけではない。ロケーションがまるで違うことは承知の上で、労働(民間)と福祉(行政)の分担のあり方、特許製品とかブランド商品を有する民間業界における差別化を達成している会社のアドバンテージをどう社会に還元させるのか、いろいろ考えさせられた。

2017/08/04

おかしな話

下は8月3日の日本経済新聞の記事である。

別々のページに載っていたので、わかりにくいが、こうして並べてみれば、そのおかしさは一目瞭然である。繰り返しになるが、同じ日の新聞である。

しかも、「公務員給与上げ勧告」は内閣改造の日に合わせて発表というタイミングの良さ。もちろん毎年この時期に改造があるわけではないが、こっそり感は否めない。

2017/08/02

福祉保健委員会の視察

●今回は、浜松市(ユニバーサル農業推進)、堺市(児童相談所開設)、神戸市(認知症対策)、広島県(広島方式子育て支援)を訪問。


浜松市では農業による障がい者雇用の現場を視察。その事業を推進している「京丸園株式会社」の社長である鈴木厚志氏の体験談を交えた「農業を変える」実践論を聞いた。興味深い。

まず、この事業主体が民間であることに、わずかながらテンションが上がる。

通常の視察先は行政主導であったり、行政そのものといった場合が多い。実際、農業と障がい者雇用という組み合わせは、聞いたことがなかったし、世田谷で農業といっても、ある意味、住宅都市での土地相続及びオープンスペースの確保といったところが少なくない。

農業といっても、芽ネギ、ミツバ、チンゲン菜といった、ハウス水耕栽培の野菜が主体で、お米作りといったものではない。

鈴木社長の話は、ある意味、完成されたいくつかの話からなる。

福祉の世界、あるいは障がい者とは縁のない農業プロが、その世界と出会い、戸惑う話から始まる。

その融合を目指すが、不安は思わぬ方向に進展し、自分の農業プロの部分が一つづつ覆されながら、社長が変わっていく話。この部分は、障がい者が農業に合わせるのではなく、農業のあり方を障がい者に合わせるという、新たな発想に結びつく。

その過程で、営業上の支障という具体的な問題が払拭できない。そこで初めて登場するのが「行政」および「行政サービス」。

私たちはともすれば、福祉においても、障がい者という問題にしても、「行政」を「出発点」として考えてしまう、これは思考停止状ではないかと気付かされた。

鈴木社長の話「ある日、障がいを持った子とそのお母さんが来られて、農園で働かせほしいとおっしゃいました。その時の私は、障がいのある方に農業は無理だろうと思いお断りしたのですが『給料は、いらないから働かせてほしい』と必死にお話しされるお母さんにおされ、1週間だけ農作業体験として受け入れることにしました。その時の『給料はいらないから働かせてほしい』という言葉は、しばらく私の頭から離れませんでした。当時の私は、仕事はお金を稼ぐためにするものだと思い込んでいたので、その真意が理解できなかったのです。・・・」

その後、鈴木社長の様々な努力と工夫によって現在社員80名の従業員のうち24名が障がい者という会社になっている。

この視察は有料視察であり、その代金はこの会社の収益源の一つでもあり、ドラマチックな展開については省略するが、ここでの障がい者雇用は知的、身体、精神を問わずである。

鈴木社長が最初「障がいのある方には農業は無理だろうと思いお断りした」時点からどう変わっていったのか。何が変わっていったのか。行政マンの発想ではなく、お金を稼ぐために働くという民間の発想はどう進化しうるのか。

この視察で、感じたのは、まだまだ、やる気と工夫で障がい者雇用は増える余地は十分あるという点である。

要は、(福祉)行政はいつまでも、法律や条例を使う立場から、民間に使われる立場に変身せざるを得ない、ということなのかもしれない。(取り敢えず視察方向その1)


京丸園の前で委員会撮影