2010/01/26

生みの親の正体


■政治の風景は急速に傾きつつある■正月早々多くの国会議員が参勤した“権力の邸宅”は今や“事件現場(候補)”に変貌し、報道陣に囲まれている■一方で、国政の劣化は止まらない。国民も不安を感じ始めている。政治の仕事は「決めること」である。しかし「面倒なことは先送り」という体質が露呈し、「決めないことを決める」という漫画のようことを平気でやっている■要するに政権に自信がないのだろう■税金の無駄遣いをなくすことが新政権の主題であったはずである。当然、財政再建が最大の目的となる■だからこそ前政権のしがらみだらけの税の使い方に容赦なく切り込むはずではなかったのか。既得権益と闘うはずではなかったのか。■にもかかわらず、お金配りで国民の歓心を買おうという政策優先。さらには既得権益と闘うどころか選挙至上主義で味方にしようとする動きすらある■選挙で勝ったから誕生した政権である。選挙は現政権の“生みの親”である。一方で既得権益は“親の仇”であり選挙を戦う上での大義名分であったはずである■現政権の立ち往生は、その“生みの親”が実は“親の仇”と「同一人物」ではないかという“驚愕の事実”に打ちのめされている、といってよい■だからお金配り政策である■国の借金はどんどん増えている。国民一人あたり763万円である。子ども1人いる3人家族では2289万円の借金を抱えている。そこにさらに借金をして手当にしようというのだから救われない■国の借金は永遠にできるのだろうか。金利1%で年間10兆円である。